サッカーW杯に国民が熱狂する理由

サッカー・野球・オリンピックの違い
世界に跨った地球規模のスポーツ祭典として、野球(WBC)・オリンピック(多種競技)などもありますが、サッカーのワールドカップ(以下W杯)がなぜここまで熱を持つのか、改めて、それぞれのスポーツの歴史的背景・人々を魅了する理由について考察してみました。
エンタメ性からみた野球の魅力
野球は、アメリカ生まれの「エンターテインメント・スポーツ」の頂点として磨き上げられてきました。
「今、誰と誰が勝負しているのか?」
「今、誰が攻撃で、誰が守備なのか?」
「誰が、この試合のヒーローなのか?」
この様なポイントが非常に分かり易く、かつ試合時間に縛られずドラマティックに展開され、試合中の区切りも分かり易いので、合間に食事したりビールを飲んだり…楽しみ方も千差万別。テレビ中継も、映すポイントをある程度「ボール」に絞れるので、観る側も試合展開を追い易い。レベルを問わず、プレーする側も観る側も楽しい、まさにキング・オブ・エンタメスポーツと言えるのが野球ではないでしょうか?しかし、WBSC(世界野球ソフトボール連盟)には約140ヵ国登録しているものの、WBCへの参加国は予選含めて20数ヵ国と、サッカーやオリンピックと比べるとイベント自体の歴史も浅い分、規模感が物足りないのは止むを得ないでしょう。
聖なる祭典・五輪の特別感
紀元前・古代ギリシャのオリンピア地方で神々へ捧げる「祭典」をルーツとし、1896年にスポーツを通じた世界平和を目的に「近代オリンピック」としてギリシャ(アテネ)で復活、現在まで受け継がれている「五輪」。歴史的に見ても、聖なるスポーツの祭典であり、かつ世界最大のスポーツイベントであることは間違いありません。競技スポーツに関わるすべての人々の憧れでもあるオリンピックですが、「聖なる」が故に、70年代までプロは参加不可の「アマチュア専門」だったこともあり、真の実力世界一を決めるという「競技」性より「祭典」寄りの側面もあったかもしれません。「手段を選ばず勝負に拘る」というより「参加することに意義がある」と言われていたこともあり、主役はあくまで応援する側ではなく選手。選手を中心とした地球規模の「スポーツ親交イベント」という色合いです。
サッカーというスポーツの特異性
サッカーのルーツは諸説ありますが、戦勝時の生首奪い合いという説が有力な様です。その後も代理戦争に使われたり、歴史的にサッカーは、政治・戦争と密接に関わってきた背景があります。純粋なスポーツ祭典として歴史を刻んできた「オリンピック」、エンターテイメントとして磨き上げられてきた「野球」と比べると、サッカーというスポーツは成り立ちが異色(そもそもスポーツではない)です。競技のルールも、野球と比べるとプリミティブ(原始的)で本能的・直感的に感情移入しやすく、またオリンピックの様に多様な競技がある訳ではなく、ただ一つのボールの行方に全国民が目線が集まり一喜一憂する…。そのサッカーが4年に1度だけ、FIFA(国際サッカー連盟)加盟の全211ヵ国が自国の面子を賭けて真剣勝負をする場こそがW杯。国民が熱狂する根本は、サッカーというスポーツの成り立ちにあるのかもしれません。
